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高松地方裁判所 昭和40年(わ)250号 判決 1974年6月28日

本籍 丸亀市城東町三九番地

住居 高松市香西東町六四八番地ノ一

郵政事務官 大坪道生

昭和八年三月二日生

右の者に対する国家公務員法違反被告事件について、当裁判所は、検察官小口勝美出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を罰金一万円に処する。

被告人が右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、四級職国家公務員試験に合格し、昭和二七年四月一日郵政職員訓練所四国郵政研修所研修部普通部研修生を経て事務員となり、昭和三六年九月郵政事務官に任命され、同四〇年当時は、高松地方簡易保険局に勤務し同局年金課保険貸付係に所属し、主に簡易生命保険法、同保険約款にもとづき保険契約者に現金を融通する普通貸付事務(その内容は、四国四県の各郵便局から送付されてくる保険契約者からの貸付請求書の記載事項を、簡易保険業務取扱規程、同細則、手引等によって調査、確認し、適合したものにつき契約者に貸付通知書を送付するとともに郵便局に対し貸付通知書、貸付年月日、貸付金額を記入した保険証書を送付する)を担当していた一般職の国家公務員であるところ、同四〇年六月一〇日公示、同年七月四日施行の参議院議員通常選挙において、日本共産党から立候補した須藤五郎(全国区)及び石田千年(香川地方区)を支持して、自ら積極的に候補者のため協力したい旨申し出、日本共産党香川県委員会選挙責任者(対策部長)道下義成から選挙運動の計画的行事である右候補者らの個人演説会における応援弁士を依頼されて、これを請け、その選挙運動の期間中である

第一  同年六月一七日午後八時四〇分ころから午後九時ころまでの間、香川県大川郡津田町津田一四四番地所在町立津田小学校体育館において開催された右石田候補の個人選挙演説会において、有権者である山本勤、合田武男外約十数名位の聴衆に対し、あらかじめ用意した原稿にもとづいて、我が国文化教育の現状をアメリカ極東政策、安保条約との関連性を述べて、共産党は一貫して安保条約の破棄を主張していること、自分が書道に求めたものと現実の書道家の実体及び筆・紙・墨など用具の値段などを例に引いて共産党の主張してる日中国交回復の必要性を訴え、共産党は一貫してこの問題にとり組んでいること、芸術家の義務と責任は文化遺産の承継と発展を阻害している現在の政治経済機構と対決することであること、をそれぞれ説き、共産党の政策を読み上げた上で、「共産党は私達の具体的な要求をとりあげております。石田千年さんは香川県における思想文化の発展のための香川文化の会の育ての親であります。石田さんに投じられる票は米日独占に対する決意の一票であります。」と演説して、石田候補を推せんすると共に併せて全国区から立候補しておる共産党の須藤五郎さんもよろしくお願いする旨を訴え、右石田、須藤両候補者への投票勧誘の運動をし

第二  次いで同月二八日午後八時三〇分ころから同九時二〇分ころまでの間、同県香川郡香南町大字由佐五四六番地所在西光寺本堂において開催された、右石田、須藤両候補の合同個人選挙演説会において、有権者である熊谷慶子外約十数名位の聴衆に対し、前記津田小学校におけると同様、原稿にもとづいて同趣旨の内容の演説をし、石田候補は香川文化の役員をしており、全国区に立候補している須藤五郎さんは宝塚で音楽の仕事をしていた人で、今は労音の世話をしており、以前から文化の向上に努めてきた人であると、右石田、須藤両候補をたたえ、両候補へ投票するよう勧誘運動を行い

もって政治的目的をもって政治的行為をしたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は、包括して国家公務員法第一一〇条第一項第一九号、第一〇二条第一項、人事院規則一四―七第五項第一号、第六項第八号に該当し、所定刑中罰金刑を選択するところ、右罰金刑につき、犯罪後罰金等臨時措置法第二条が改正されそれによって刑の変更があったときにあたるから、刑法第六条、第一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、その罰金額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、刑法第一八条に従い被告人がこれを完納できないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部被告人に負担させる。

(弁護人らの主張に対す判断)

第一憲法違反の主張について

弁護人らは、国家公務員法第一一〇条第一項第一九号、第一〇二条第一項、人事院規則一四―七の各規定はいずれも憲法第二一条、第三一条に違反する旨、また右が憲法違反でないとしても少くとも本件被告人の所為につきこれを適用することは憲法違反である旨主張するので、以下本件事案に関する限度で検討する。

一  憲法第二一条の保障する表現(政治的行為がその一つであることは勿論である)の自由といえども、もともと無制約な恣意のままに許されるものでなく、公共の福祉に反する場合は合理的な制約が加えられることはいうまでもなく(憲法第一三条)、そして行政の運営は政治的にかかわりなく法規の下において民主的能率的に行わるべきもので、国家公務員法の適用を受ける一般職公務員(以下単に公務員という)は国の行政の運営を担当することを職務とするものであるから、その職務の遂行に当っては政治的中正の立場を堅持し、いやしくも一部の階級もしくは一派の政党・政治団体・個人に偏することは許されず、かくて政治にかかわりなく法規の下において民主的能率的に運営せらるべき行政の継続性安定性が確保されるのである。

ところで、行政は国民生活とのかかわり合の中で運営されるものであるから、右にいう行政の中正、能率的継続的安定的運営は、いずれもその実質においてそのようにあることは論勿、行政が右のように運営さるべきであることを望む国民の側から見て行政がそのように運営せられているのであろうことに対する信頼を欠いては十全を期し得ないものであって、公務員は、国民の側から客観的に見た場合に右の信頼を阻害するものと評価されるようなことがないように十分な慎しみをもって行動すべく公務員がかかる態勢にあることは公共の福祉の上から強く要請されるものといわなければならない。憲法が公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者であってはならないとするのもこの理由によるものである。かくして公務員が一般私人に比し表現の自由の一である政治的行為を制約されることは憲法の予期するところといわなければならない。国家公務員法第一〇二条、人事院規則一四―七が公務員に対して一定の政治的行為を禁止した所以もここに存するのである。

二  とはいえ、表現の自由は民主国家における根幹をなす権利であり、公務員といえども私人として尊重さるべきものであるから、公務員といえども政治的活動の一切が制限されてはならないことはいうまでもなく、それには合理的で適正な均衡をもって必要最少の限度でなされることを要することはいうまでもない。そしてこのような見地から立法がなされる場合において、我が国の現実的諸条件のもとで具体的にどのような態様のものを、如何なる限度で制約するかはまずもって立法府(ないしその委任を受けた行政府)の裁量に属するものというべきで、その具体的な制限の程度が著しく不合理不均衡で、右機関が明らかにその裁量の範囲を逸脱したと認められるものでない限り、その判断は合憲、適法なものと解するのが相当である。

けだし、前述のように、表現の自由の尊重と、公務員に政治からの中立を求めるための制約とは、二つながらともに憲法上の要請であり、これを具体的にどのように調和させるかは、まさに国民全体の選択の問題であって、我が国憲法が基本とする三権分立と議会制民主主義の制度のもとでは、右選択は国民がその代表者を通じ、その代表者が国会において国民に対して責任を負う形のもとに合理的な裁量をもって定立さるべきものであり、その定立された選択の是非は、国民の多数意見を反映する政治の過程において審判されることを期待すべきが相当で、司法的介入は右裁量に甚しい不合理な逸脱がない限りこれを差し控えるべきものであるからである。

三  そこで本件において適用をみる制約につき、被告人の判示所為との関連のもとに、右のような見地から検討する。

本件において適用をみる制限なるものは、国家公務員法第一〇二条第一項、人事院規則一四―七条一項ないし第四項、第五項第一号、第六項第八号の結合された態様における政治的行為の禁止と、そしてその違反に対し国家公務員法第一一〇条第一項第一九号による三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金の制裁である。

詳述すれば、

(1) 顧問・参与・委員等諮問的非常勤職員を除くすべての一般職員を対象に

(2) 公然たると内密たるとを問わず、また職員以外の者と共同の場合を含め

(3) 直接間接の別なく

(4) 勤務時間の内外を問わず

(5) 人事院規則一四―五の定める選挙(本件はそのうちの参議院議員選挙)の特定の候補者を支持して

(6) 右候補者へ投票するよう勧誘の運動をすることを禁止し

(7) この禁止の違反者に対し三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金

の制裁を課すというものである。

(一) まず選挙は、政治活動のなかでも最も顕著な活動で、各政党や政治団体または個人が、その具体的施策と、政策の方向を、鮮明に掲げて運動を展開し、その命運をかけて国民の支持を争うもので、右規則が規定する参議院議員の選挙は、各種選挙のうちでも衆議院議員の選挙とともに最も政治的な色彩の強いものであることは多言を要しないところである。そして右法条の「投票勧誘運動」とは、単なる特定政党支持ないし特定候補者を支持(政党加入は未だこの領域内のものと解する)することを表明するとか、単なる投票依頼といった領域を著しく超えたところの、組織的計画的又は継続的な方法によって、特定候補者への投票を訴える行為をいうものと解すべきところ(被告人のなした判示行為がここにいう投票勧誘運動に該当することは、本件個人演説会が選挙運動につき計画されたものであること、被告人はその計画の中に組み入って、二回にわたり認定のような演説をしたものであることに徴し明白である)右の選挙において特定候補者のため右のような行為をなすことは明らかに積極的に一党一派ないし特定個人の立場に奉仕する行動といわざるを得ず、公務員がかかる行動に出ることは、一部の奉仕者であってはならないとする憲法の要請に反するものであり、殊に本件認定のように、選挙に際して個人演説会において応援弁士として応援演説をする行為は、演説をする行為者の主観においても、またこれを受ける聴衆の側の客観的な受け取り方にしても、その特定候補者の立場を代表するいわば代表選手としての役割を果すもので、顕著な政治的行為として評価されるものであることは異論を容れる余地のないものというべきである。

そして右のような行動が公務員につき許容されるとすると、すべての政党・個人との関係で一様に許さなければならない結果選挙の都度(現実の状況に照せば衆・参両院の選挙は少くとも二年ないし三年の間に一度は施行される)、多数の公務員の中に、一党一派に組みしてそれを代表するような行動をすることを認める結果となり、その行動が勤務時間内ないし行政の執行の過程で行われるときは勿論、それ以外の場合において行われる場合であっても、その累積によって、一つには、一党一派、特定人の政治的勢力による特定行政省庁の行政組織や公務員機構あるいは、公務員の地位・身分に対する有形・無形の圧力の浸透を、他面では公務員の側から政治的勢力への接近迎合の弊を生み、この弊害は更に公務員機構の中に、ひいては行政の運営の中に、政治的な対立抗争の場を与えるような状況を醸成する結果となることは、我々が日常生活において接する報道を通じ(例えば官僚の一部政治勢力との癒着の問題、公務員組織内の政党支持をめぐる対立の問題)、容易に予想し得るところである。そしてそうなると、行政の中立的運営についての一般国民の疑念不信を招来し、行政の能率的継続的安定的な運営を阻害するに至ることも明らかである。

(二) 右に対し、一般職公務員のすべてについて、かかる行為を禁止しなくとも、いわゆる行政過程において裁量権限をもつ地位にある公務員又は管理的な地位にある公務員についてのみ禁止すれば足りるとの議論が存するが、何をもって裁量権限ありとするかはその判別が極めて困難であり、また管理職員というものは国家公務員法上の「職員団体」に加入し得るかどうかの観点から定められたものであって、いわば内部統制の問題であるから、本件のような対国民一般との関係で考慮しなければならない政治的行為制限の問題につき、その基準として直ちに採り得るものでなく、管理的職員ということになるとこれまた判別が困難である。のみならず我が国の一般職公務員(そのうち、限られた自動車運転手などと単なる労務的な業務に従事する職員―被告人がかかる職種の公務員でないことは判示認定の被告人の経歴、職務内容から明白―はさておき)については、現在、公務員として低い地位にあって、比較的単純で責任の度合の薄い職務に従事する者も、次第により高度で責任のある事務を担当する地位に昇進して行くのが現実の姿であってみれば、低い地位にある時期において本件判示のような一部の者に奉仕する行為をして、前示のような弊害を伴うおそれのある結びつきができた後、同公務員が昇任していわゆる裁量権限をもつ地位につくこともありうることで、その時、一挙に結びつきを断ちうるものであろうか。加えて国の行政意思は日常の具体的な行政事務を通じて国民一般に対し表現されるもので、その任に当るものは、裁量権限をもつ公務員であるよりは、多くは一般的な公務員であり、国民はその一般的な公務員を通じて行政の運用を直接かつ具体的に感得するものであって、かかる意味合から、すべての一般職公務員は政治的な行動については慎しみを保ち、いやしくも一方に顕著に差し出ることのないよう行動すべきことが要求され、この点はいわゆる裁量的管理的公務員と基本的に差異はないものというべきである。更に行政の運営は公務員の機構を通じて運営されるものであるところ、その機構がすべての面で有機的に一体(上からの指示、下からの積み上げ、横の連携調整)として機能して、はじめて適正かつ能率的安定的に営まれるものであることも多言を俟たず、その機構の一部に前示(一)のような弊害断絶が生ずるときは、その一つ一つが一見ささやかに見えても一般的公務員は人数の面では多数を占め、殊に本件判示のような行為についてはその累積による弊害は無視できないものがあるというべきで、一般職公務員の政治的行為の制約は最小限のものに止むべきものであるとの要請を最大限考慮に容れてもなお本件判示のような態様における行為を一般職公務員に対し一律に禁止する人事院規則一四―七の前記規定は十分納得のいく合理性あるものといえる。

(三) 以上のように、一部の奉仕者であってはならない公務員がその慎しみを逸脱して一党一派に著しく差しでた奉仕に出ることから生ずる前述の弊害を防止する必要とその合理性の故に、その差し出方の特に顕著な典型として、本件判示のような政治的目的をもってする指定選挙に際して候補者の個人演説会の応援弁士として投票勧誘運動をするが如き行為が禁止されるのであるから、ここで本質的なものは、特定の公務員と特定の政党・個人との右のような関係による結びつきであって、これが第三者である国民一般の目に公然であるか或は、内密のものであるかは従たる事情であり、しかもそのいずれが前述の弊害を生み易いか一概に断定し難く、国民一般の知らないところで本件判示のような奉仕行為で結びつきを作るというような事態を考えると内密のものが悪質であるともいえ、前記規則が公然か内密かを問わないとしたことは十分理由のあるところである。これと同じことは、それがいついかなる場所において行われたか、即ち勤務時間内か外か、公務員の勤務する省庁施設の内か外かの問題についても妥当する。そして、およそ現実の状況から考えると、選挙に際して候補者の個人演説会が、行政省庁の施設の内で、勤務時間内に開催されるといったようなことは絶無とはいえないにしても極めて稀なむしろ殆んど有り得ないことといっても大きな誤りはないところである。時間外又は施設外の個人演説会の応援弁士として投票勧誘運動をすることは許されるとすると、合理的必要性をもって禁止すべきものが殆んど有名無実のものとなるから、前記規則が勤務時間の内外を問わずこれを禁止したことも、また十分に合理的な理由がある。

(四) 次に禁止される政治的行為を行ったものにどのような制裁を、どの程度のものに定めるかは、これまた立法裁量の問題であるところ、一般的に政治的行為といっても多種多様のものが考えられるところ、本件で適用をみる人事院規則一四―七第五項第一号、第六項第八号の指定選挙における特定候補者を支持しての投票勧誘運動について考えると、かかる行為は、叙上縷説するように公務員の中立性確保や行政の中立・公正・能率・安定的運営を保つために高度に禁止の必要性と合理性があり、従ってこれの違反行為は違法性が高く、単に行政組織内部の規律違反の比ではないから、最小限かかる行為に対しては刑事罰をもって臨むこともまた必要止むを得ぬものがある。そしてまたこの違反の態様も多様なものが予想され、例えば国の政策決定に関与する高級公務員が、組織・地位を利用して、これを背景として本件のように選挙に際し、特定候補者の応援弁士として投票勧誘運動を行う場合、或は、下級公務員にしても、職員組合の組織を通じて広い規模でかかる態様の政治的活動を行うことがあれば、これが国の行政の運営に重大な影響を及ぼすことがあることは明らかで、刑事罰の程度も、右のような組織的なもののもたらす弊害を考え、他の公務員犯罪の刑罰との比較において考えると、国家公務員法第一一〇条所定の最高懲役三年以下の法定刑が著しく苛酷な刑と断ずることもできず、またこの種政治活動の多様性に着目するときは、右懲役刑のほか罰金刑として一〇万円以下の刑を法定し、行為の程度に応じて相当な刑を選択できるようにしてあることは合理性があり、右刑事罰の定めをもって著しい不合理なものと断ずることはできない。

なお前述した司法審査のあり方を考えると、国情を異にする外国の立法例をもって、我が国の立法の違憲性を判断する際の大きな要素の一つとしてあげることは相当でないというべきで、米国におけるハッチ法が公務員の政治的活動について民事罰の範囲に止めていることを引用して、我が国家公務員法第一一〇条の違憲性をいう論には賛成し難いものがある。

(五) 次に公共企業体職員についての適用を考えるに、簡易生命保険業務は公共企業体等労働関係法において公共企業体とされているが、同法によってその事業に従事する職員については国家公務員法第一〇二条、第一一〇条関係の適用を除外していないところである。そして、一般にいかなる公務員について国家公務員法の右法条を適用するかは、これまた立法機関において考慮すべき問題であるところ、簡易生命保険業務は、国民の経済生活の安定と福祉の増進を目的として、簡易に利用できる生命保険を確実安価に提供することを業務内容とする(同法第一条)ところ、この事業は多年にわたって、広く国民各層から官営のものとして信頼され親しまれて広く利用され、国民生活と深いつながりをもっているものであることは公知の事実である。それ故にその業務の運営については、一般行政の運営に劣るところなく、それが中立で能率的安定的であるとの信頼をもたれるように要請されるものというべきである。してみると、前記法律がその事業に従事する職員について国家公務員法第一〇二条、第一一〇条関係の適用を除外していないことは、右の要請を確保するという見地から合理性があるところであって、民間企業に同様の内容のものが存在し、職員の行う事務の内容が似ていることを考慮に入れても、右立法が著しく不合理であるとはいえない。

(六) 被告人・弁護人は、被告人の本件応援演説は書家大坪南龍としての行動であり、聴衆も誰一人として応援弁士大坪南龍が国家公務員であることに気づいた者はなく、被告人に自己の職務利用の意図もなく、公務員の中立性阻害の実もなかったから、かかる行為に対しては公務員の政治的活動の禁止の法条は適用されず、また適用すべきでない旨主張する。そして≪証拠省略≫を総合すると、被告人は職務外に書に志して南龍と号し、かねて中原一耀の主催する墨花書道会に所属し、その有力な幹部をつとめ、県展等各種展覧会に入選の経歴を持っていること、その書の稽古研究を通じて共産党の政策に共鳴し、また香川文化の会の会員としての活動を通じて本件石田候補と親しくなり、敬愛の念を持つとともに、被告人の職場に石田候補の妻が在職したこともあって、本件選挙に際し判示のように書道家の立場から協力を申し出て判示の経過で応援弁士となり、司会者から書家大坪南龍として紹介され、それに引き続いて判示認定の内容の演説をするに至ったことを認めることができる。

右によると、被告人の本件行為が被告人の公務員としての職務と関係なく行われたことは所論のとおりである。しかし本件での問題は、公務員はその職務外の行為のうち何が禁止されるかであって、既に縷説した理由によって、公務員であるものにに対しては、被告人がなした認定のような参議院議員選挙における特定候補者を支持し候補者個人演説会における応援弁士とし演説をして投票勧誘運動をする行為は職務とのかかわり合の有無を問わずこれを禁止しこれに反するものに対し刑事罰も必要やむを得ないとするのである。特に右のような政治的行為はポスター・ビラ等の文書による運動と比較すると、後者は文書の表示内容が一般に訴える効果を発揮し、誰が貼り、くばったかは二次的なもので、「その人でなければ」「その人だから」という面は比較的稀薄であるのに比し、前者はこれと異なり行為(演説)するその人の人柄全体を通して効果を発揮するもので全人格的な政治的行為というべきものである。かく考えると演説をしたのは書家大坪南龍であって公務員大坪道生でないというような人格分離の論理は容れられない。また聴衆が応援弁士である被告人を公務員であることを知っていたかどうかについては証拠上これを積極的に肯定するに足りるものは存在しないけれども、この点についても先に本件認定のような行為を内密にした場合においても、禁止されることに関して説示したところが妥当する。聴衆は知らなかったとしても、被告人は勿論候補者あるいは本件演説会を企画した候補者の選挙対策部長は被告人が公務員であることを知っていたことは上述したところから明白なところである。聴衆一般が知らなかったから公務員の中立性を阻害したことにならないとはいえず、本件のような態様の行為はそれ自体として公務員の中立性を阻害するもので、ひいては行政の十全な運営を阻害するおそれがあるものといわざるを得ない。弁護人らの主張は採用できないところである。

(七) 以上を要するに、本件認定事実のような政治的行為は明らかに一部に奉仕するものであって、これを国家公務員法第一〇二条、人事院規則一四―七第一ないし第四項、第五項第一号、第六項第八号の結合のような形態で禁止することは、公務員の政治的中立性確保ひいては公務員の身分保障の確立、行政の運用の能率性継続的安定性の確保等公共の福祉の要請上必要止むを得ない十分な合理性があり、被告人のような地位にある者をも含めてこれに違反するものにつき国家公務員法第一一〇条所定の範囲内で刑罰を課すこともまた十分合理的な理由があり、これをもって著しく不合理な逸脱した立法であるとは到底断ずることはできないから、前記各規定は憲法第二一条、第三一条に違反するものでなく、また被告人に対し本件行為について右規定を適用することが憲法に違反するともいえない。

(八) なお審理の過程において顕れたところの、国家公務員法第一〇二条、人事院規則一四―七の成立過程に着目した違憲論および人事院規則に対する委任の違憲論については、裁判所の法令審査権は国会両院における法律制定手続の適否には及ばないとする最高裁判所昭和三七年三月七日、および人事院規則一四―七は国家公務員法第一〇二条第一項の委任の範囲を超えないとする同裁判所昭和三三年五月一日の各判決に徴し採用できないところである。

四  以上のとおりであるから、被告人の判示行為は右国家公務員法第一〇二条第一項、第一一〇条第一項第一九号、人事院規則一四―七第五項第一号、第六項第八号に該当し、被告人の供述等から窺える高松地方簡易保険局内における選挙に際しての実情(労組の支援する候補者が職組役員の案内で事務室を挨拶廻りすることが放任されていたとするもの)をもってしても、被告人の本件行為の違法性を阻却するともいえないし、被告人が本件行為が人事院規則の禁止にふれることを知らなかったとの弁解も、本件選挙公示に際して当局から発せられた注意の書面に照らして採用できず、その他取調べた全証拠によるも被告人の行為につき可罰性を欠くような特段の事情も認められず、地方公務員法には罰則の定めがないことも本件の可罰性を阻却する理由とはならない。

第二公訴権濫用の主張について

本件における全審理の結果から判断するに、捜査当局が、かねて被告人の身辺に探査の目を向けていたことを窺うことができ、そこから本件捜査の端緒を得たことは推認できるが、本件各個人演説会が捜査の対象とされたのは、結局のところ応援弁士の被告人に認定のような国家公務員法違反の被疑事実が存在したことによるものであって(昭和四七年七月二五日付香川警察本部長の回答書によると、日本共産党の候補者のみならず他の候補者の個人演説会においても違反事実が予想されるときは捜査並びに警察活動をしている)、また捜査はその性質上穏密裡に進められるものであり、捜査に当った警察官が被告人の行為について、事前に、あるいは現場で警告を与えなかったのは選挙妨害の非難を避けることを配慮したためであったというのも、選挙関係事犯の処理としてよくある事態で、それなりに理由があり、全体として考察すると、本件捜査が共産党の弾圧ないしその選拳妨害を狙って行われたものと断定することはできず、本件起訴を違法としなければならないような違法捜査とは到底認めることができない。また本件審理において顕れた、高級公務員から政界に転出した者にまつわる行政組織を通じての選挙運動的な種々の行動については、本件事犯と直接関連性を認めることができず、それとの対比において本件公訴提起の当・不当を論ずることは相当でないばかりか、本件公訴の提起が前述のような次第であってみれば、それら事件の帰趨が本件公訴の効力に影響を及ぼすものとは考えられないところである。そして国家公務員法および人事院規則の公務員の政治活動禁止条項について多くの議論があることは否定できないが、これが違憲であることが有権的に確定しておらず、かえって最高裁判所の数次の判例(例えば昭和三三年三月一二日、同四月一六日、同五月一日)等一連の合憲判決の趣旨からしても、更には被告人の被疑事実の内容が判示のように政治的行為としては典型的行為と評価されるものであったことを併せ考えると、事案は軽微とはいえず、その理非を裁判所の判断に求めるため公訴を提起することは、検察実務の処理として至極自然なものであるといえる。してみれば、本件起訴につき検察官がその固有の権限の裁量を大きく逸脱したものとは到底断じ得ないところであって、弁護人・被告人らの公訴棄却の申立は理由がない。よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本茂 裁判官 澤田英雄 裁判官浜井一夫は職務代行を解かれたので署名押印できない。裁判長裁判官 山本茂)

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